虚構の森(田中淳夫)

 森があれば洪水を防げ、渇水もなくなり、山は崩れない。森は二酸化炭素を吸収して気候変動を抑えてくれる。また森こそ生物多様性を支える存在であり、もっとも大切な自然である。それらを裏返すと、人の営みは常に環境破壊を引き起こす。さらにプラスチックは環境に悪い影響を与え、農薬や除草剤は生態系を狂わせる悪魔の化学物質。 森だけではないが、こうしたステロタイプな環境問題における常識は、本当の問題点を覆い隠す。昨今は国連の定めた温室効果ガスの削減目標やSDGs(持続可能な開発目標)さえ推進すれば(実現すれば、ではない)、地球は安泰だと信じてしまう。 何も「森の常識」を全否定しようというのではない。だが深く考えずに信じてよいのか。何か見落としはないか。常識というバイアス(思い込み)は判断を誤らせないか。 森の世界に長く関わると、ときに「不都合な真実」に触れてしまうことがある。不都合と言うより、森は千差万別であり、融通無碍であり、常にワンダーな感覚に満ちた存在であることに気づくと言った方がよいか。私自身は、その謎だらけで予想を覆す森に惹かれるのだが、世間は固定された森の姿を描きがちだ。そんな「森の常識」を元に環境問題の世論が形成され、政策がつくられているのを見ると、不安を超えた危険性を感じる。